演出家のことばで一番面白く感じているのは、
シーンのあといろいろ言う中で
役者にむかって
「それでいいよー。まだ飽きてないから」
というのがある。
以前、この人の稽古を何度かみてて、ショックを受けたことばに
「それ、もう、飽きたー」
というのがあった。
私がこの演出家をかっている点、尊敬している点は
こういうところにあったりする。
説明するとたいへん長くなる。宿題としておく。
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- 2012/03/05(月) 11:47:58|
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できたところまでといいながら、役者たちはセリフが入っている。
それぞれのキャラクターを使うだけでは、私の趣旨にはならない。その辺り、みな勘がよく、面白い工夫をしてくる。
演出家の指示も面白い。感心したりする。
立ち稽古を重ねていく杉原スタイルは稽古見てると変化の具合が面白い。
演出家のことばをひろったのは、ツイートしてます。
- 2012/03/04(日) 14:50:43|
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ANNEX 第二回 「母語を醸す」 公演の詳細です。
【公演日程】
2012 年 3 月 18日(日)
【 会場 】 日本基督教団巣鴨教会礼拝堂
【 交通 】 JR山手線 大塚駅より 徒歩10分 東京メトロ 新大塚駅より 徒歩5分
【 作品 】 谷崎潤一郎 「お国と五平」 大正11年(1922)【出 演 者】
杉田鮎味 (劇26.25団)
堀川炎 (世田谷シルク)
三浦直之 (ロロ)
山崎彬 (悪い芝居)【 料金 】 1.000円 (ご予約・当日とも)【 開演 】
1回目 14:00
2回目 16:30
3回目 19:30
【 上演に関して 】
・一回の
上演時間は90分 を予定しています。
・内容は
作品解説10分 リーディング40分 4人の作家による座談会40分 です。
(座談会の内容は毎回異なります)
・開場は開演の20分前
・未就学児の入場可。(保護者が同伴されない場合は料金をいただきます)
【 ご予約 】 「お名前」「公演時間」「枚数」をご明記の上メール katorikikaku@gmail.com
電話 090-2684-6137 (製作:山下)までお願いいたします。
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- 2012/02/18(土) 12:26:53|
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なんかよく知る人たちが意見対立している。応酬はまだない。
行きがかりもあるので、すこし書きます。
発端は
ワンダーランド クロスレビュー挑戦編 第21回激情コミュニティ「つぎ、待ち」での梅田径さんのレビューで
「この混乱と敗北を乗り切った先には本当に見たかった景色が広がっているのかもしれない。その可能性のひとかけらをたしかに受け取れたから、星ゼロ個と隣り合わせの五つ星をつける。」
というところに
藤原ちからさんが
ブログで
「わたしとしてこの件が看過できないと思ったのは、演劇界全体をいかにして(嘘じゃなく)盛り上げていくか、そしてしっかりとした言葉の土壌をいかにして耕していけるか、をつらつら考えているからです。」
ととなげかけたました。さて梅田くんがどう応えるか。という現状です。
さてここまでが経緯で、そのやりとりで私が考えたことを記します。
(二人には関係ありません。個別にも感想つたえてません。知り合いだから余計そこは明確に書いておく)
元来私は舞台を見た時に、評価軸はひとつじゃないのがよいと思っている。
舞台上にはいろんな要素があるわけで、「セノグラフィ(私は舞台上にある装置美術をくめた演出でなにを見せるか。立ち上がらせるか、という意味でこの言葉をつかってます)」、「セリフを含めたサウンド」、「役者」、そして「筋(演劇的物語、ストーリーについてはこの稿の主旨をはなれるのでここでは記ません)」。
それぞれの要素を加味したトータルな批評が必要だと思っています。
けれど、見た直後とか、考えを熟す間もなく意見をいうこと、求められることもあるので、初発の感想としては、「作品」と「演劇的意味、価値」をそれぞれあえてわけて提出するようにしています。
(もちろん「意味、価値」と一緒くたにしているように、雑で一時的なものであります)
最終的には「面白い/面白くない」という単純なものいいに還元されてしまうこともおおいのだけれど(あくまでも初発の感想としてはということです)、ま、そんなことを考えながらことばを発している、つもりです。
ということを書いた上で、
ちからさんが「大絶賛していて★5つを付けるのなら文句は言いませんが(その場合はコイツは見る目がないな、と思うだけですが)、普通に考えて、★ゼロ個の隣は★1個だとわたしは思う。正直、全然意味が分からなかった」といったことに関してです。
最初にやったのは私です。
11年4月の
クロスレビュー挑戦編第3回でのジエン社「スーサイドエルフ/インフレ世界」のレビューで
「演劇的には感心するところはなかった。しかし「作品」としてはめちゃめちゃ面白かった。」
として★5つつけました。
その時は笑われただけで、別に反響、異論はでなかった。(ま、私のことばをだれもきいてないってことですけど)(どうでもいいですが、その後もジエン社作者くんについては厳しいというよりも酷いことばかりいっていますが、彼とは険悪にもならず(多分)、ある程度まではことばが通じていて、理解もしてくれているように感じています。あれ、勝手な判断?)
手法に関してアドバンテージを主張するとかではなく(それだったらダサすぎ)、
これがキャッチーな大向こうを狙ったケレンとして流通するようなら(しないだろし、してほしくないけど)、ちょっと反省します。
私はこのやり方で、その後も現在でも「演劇としては〈すばらしい〉〈けど/から〉、作品としては〈問題がおおすぎる〉ので、トータルでは〈嫌い/好き〉」とかいいつづけていますので、まったく個人的な表現です。(〈 〉の中が作品ごとにかわるわけです)
極端な時は、「演劇としてすばらしい。作品も最高だと思う。でも私は嫌い」ということもあります。
ここまでを前提として、今回思ったのは、梅田くんのいいようは悪い。
400字というあらかじめの制約を加味したところで、
「演出と脚本が互いに憎悪を燃やし、錯乱していて演出過剰。俳優もよわよわしい。舞台美術をうまく生かせてないし、物語はどうしようもなくしょぼい。話のつながりもきわめて悪い。」
というのが、一見批評として叙述しているように見えるのでよけいよくない。
そこには作品について、ことば巧みにはみえるが「具体性のある」批評がない。
これでは「つまんなかった」とはきすてちゃうツイッターの感想にもなっていない「いいつのり」と大差ない。
どこがどうと記さず「演出と脚本が互いに憎悪を燃やし」とか「舞台美術をうまく生かせてない」とか「話のつながりもきわめて悪い」とかまとめていわれても読み手には全くそのことばを理解する手がかりがない。きちんとしたただ「面白い/面白くない」で、次、次という観客ではなく、鑑賞眼をもっている人だからこそ、いかんと思います。
そして、最後の段落になって自分をかさねてしまって、気持ちはわかるんだ、と作り手にエールを送っても自分の晒し方が唐突すぎてやっぱ理解は得られないとおもう。
そいうみえたということはもちろん大事なことだが、舞台上でなにがおこっているか記述しないで、タームをつかってまとめるのは、(仮に文字数の制限があるとしても)まったく同意できない。
あ、えと一方的に叱る感じになりましたが、かたやのちからさんへいいたいことは、個人的な話の比重が高いのでここにはかきません。
ここまで書いといて今更ですが、すみません。
- 2012/02/15(水) 11:56:54|
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