地下鉄道にのって - エムマッティーナ雑録

劇評家カトリヒデトシのブログです

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腐った映画界にドロップキック

友人のブログの昨日の表題だが
ちょっと気にいったので借用する
(ことわっていない… 元ネタはなんだったっけか?)

そんなに怒ってません  あしからず(藁)



黒沢ブームである
ワンダのCMに桑田と合成されているのを観て
(あれは「乱」ですな)
「ふーん」となったが

「天国と地獄」
「生きる」
がテレビドラマ化され
(ちゃんと観てないのでコメントはなし)

つづいて
「椿三十郎」
「隠し砦の三悪人」
がリメイク

さらに
ハリウッドで
トム・ハンクスが「生きる」を
マーチン・スコッセシが「酔いどれ天使」を撮る
となっては

いやはやなんともである

かつて本人がハリウッドから懇願されつつも

「ハリウッドからのオファーを受けるようになった黒澤は『赤ひげ』の撮影後、アメリカで『暴走機関車』の制作を準備、主演にピーター・フォークとヘンリー・フォンダ、撮影監督にオスカー受賞者ハスケル・ウィクスラーが決定していたが、制作方針を巡りアメリカ側プロデューサーのジュセフ・E・レヴィンと深刻な対立が生じたために頓挫(後にアンドレイ・コンチャロフスキーが黒澤の脚本を原案として映画化)。1968年に日米合作『トラ・トラ・トラ!』の日本側監督を務めることになったが、米国側の製作会社であった20世紀フォックスと、演出方針や撮影スケジュール、予算を巡って激しく衝突。監督を降板させられた。この事件は黒澤に精神的打撃を与えたとされており、2年後に自殺未遂事件を起こす。そして日本の映画産業の衰退の時期と重なったこともあり、この後は5年おきにしか新作が撮れなくなる。」(ウィキペディア)

どうなることやら

「椿三十郎」の予告編をみてたら
驚いた
台詞がオリジナルのままなのである
みると、ホントに、オリジナルの脚本を使っている「菊島隆三、小国英雄、黒澤明」の共作である(すごいメンバー)
しかも予告で抜かれているシーンは
カメラ割も台詞の間も つまりショットそのものがオリジナルとほとんど一緒なのである
とほほ さすが角川映画&森田監督である
あざといっす


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  1. 2007/10/31(水) 00:00:00|
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「クワイエットルームへようこそ」

今や文春文庫へはいった「精神科へ行こう」であるし
なんといっても
「カッコーの巣の上で」を日本でやりたかったのだろう。

1975年のアメリカの関心が
ようやく
30年たって日本でも
関心を持たれるようになったわけはある

規則規則で患者をしばりつけるという
精神病棟の非人間性の描写というのは
「カッコー」の10分の1以下ではあるし

アカデミーをとったルイーズ・フレッチャーを模した
りょう演じる江口という看護士も
冷酷さに今ひとつ欠ける

しかし
精神科閉鎖病棟というのは悪いモチーフではない

なんといっても
大竹しのぶの嫌らしさが素晴らしい
感動的な演技力である

ちょっと蒼井優を見直したし
この路線でしばらくやるといいと思った

でもね…



  1. 2007/10/30(火) 00:00:00|
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「ヘアスプレー」楽しかった

というのは
「パルプフィクション」の時の
トラボルタのラテン・ダンスだったが

ちゃんとしたミュージカルにでるのは「グリース」以来の
20数年ぶり

「ヘアスプレー」は
なんと太りすぎで家から10年もでていない「お母さん」役!!!
踊っちゃうんだなぁ
すげえ すげえ

いきなり路上で歌って踊るミュージカルってやつが
ガキの頃大嫌いだった私だが
「サタデーナイト…」でミュージカルに開眼し
トラボルタとフレッド・アステアが神になった

60年代を舞台に「ブラック・イズ・ビューティフル」

「ファット・イズ・ビューティフル」
を賛美する
仕掛けは結構複雑な作品だが

なんと言ってもトラボルタ!!!
しかも
その太さをこよなく愛する旦那さんが
クリストファー・ウォーケンって!!
映画ファンを喜ばせるなぁ


  1. 2007/10/28(日) 00:00:00|
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「バベル」はどうなのよ?




なんで、日本なんだよ(怒)。
というのが、まず第一声である。
一丁の銃が世界を巡って、事件を起こすということが描きたいのだろうが、
日本人のハンターがモロッコで、ハンティングするって、ちょっとさ(笑)。
そんな落合信彦みたいな、大藪春彦みたいな人っているのかいな??

ま、それは100歩譲ろう。

それにしても、
「不幸な人間」と「不幸になっていく人間」しかでてこない、重っ苦しい映画でしたがな。

ま、「挫折と再起」という典型には、最終的になっていくんだが、それぞれの不幸もそれぞれの事件も、どうなんでしょ、描き切れていないとはいわないが、もう少し、演出をタイトに、時間をつままないときっついっす。

最初に事件同士が絡み合うまでに30分。

因果関係が分かるまでに1時間かかるのはながすぎだろ。

菊池凜子はなかなかよかったが、「女子高生」にはみえないっす。
顔も体も(ヌード多し)大人すぎ(笑)。
彼女の「不幸」と「葛藤」が一番痛々しくて、感情を揺さぶるのだが、
だが…

(ここからはかなり微妙な話になってしまうので、できるだけ慎重に書く)

ティーン(古っ)が、自己表現がうまくできなくて「孤独」を募らせていく、母親の自殺に父親が責任があるのではと疑い、父とぎくしゃくしてしまう。
回りに受け入れられたいが、どうしても素直になれない。というある意味「青春」にとって当たり前な心の「葛藤」や「齟齬」を、点描的にコミュニケーション・スキルの欠乏と還元し、それを「聾」にエクスキューズしていくのって、どうなのよ?と思った。

それって「障害者」を「二重に」「差別」してね?

あんまよくないなぁ



  1. 2007/05/05(土) 14:13:11|
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「雪に願うこと」 サイコーだった

昨年度、日本映画の我がベスト1であった。

帯広のばんえい競馬(廃止からまぬがれなんとか継続がきまりご同慶のいたりである)を舞台とした、ま、よくある失意と再起の物語である。

その失意の青年(伊勢谷友介)の兄貴がばんえいの調教師(佐藤浩市)である。青年はIT長者として成り上がったものの、転落し、故郷に帰ってくる。そこにはぼけてしまった母親(草笛光子)とその世話をする兄。弟は家の金を持ち出し、東京に出て行った。……

と書いていて、あまりにもベタな話であることを再確認した。

しかし、根岸吉太郎の演出は、奇をてらわない分、かえって手堅く感じる。

伊勢谷の失意と再起の物語なんだが、失意の部分の葛藤が、佐藤の無骨な人間性の描写の影に隠れて、今ひとつ弱いのだが、それを救ったのが、小泉今日子である。
厩舎のめしたきのおばさんなんだが、夜になると化粧を決め、水商売に出勤する。

「こんな田舎で女がひとりで生きてくには、なんでもするしかないのよ」

と妖艶に笑う表情には酔ってしまった。
きれいだった

「シムソンズ」といいこの映画といい。
最近の北海道を舞台とした映画には、北海道の田舎の「辛気くささ」、「倦怠感」が実に正しく描かれていて「リアル」を感じる。

サラブレッド競馬にはない、ばんえいの「土」くささ、道産子の巨軀や鼻息など、馬の馬らしさというか、愚直な動物らしさが実にしみじみと、北海道を感じさせてくれる。

田舎の「貧しさ」と「空っぽ」感、しかし、だからこそ都会には決してない、「生のただしい手触り」というものが、実にストレートに現れていて、好感が持てた。




これはDVD買ってもいいなぁ。



  1. 2007/05/02(水) 00:01:00|
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「シムソンズ」はよかった

じつにリリカル!
じつにロマンティック!!

北海道のド田舎の少女たちが、
せっかくの青春なんだから

「キラキラしたい!」

と立ち上がる(中には巻き込まれる)姿!!

常呂町(今は北見市)という、オホーツクのほんとに、ホタテ以外なにもとりえのない町の唯一の熱狂「カーリング」にとりつかれていく青春映画である。

4人の女の子たちが、実に点描的である。

元気なアイドルタイプの加藤ローサ
日本風黒髪美人の高橋真唯
ベビーフェイスの星井七瀬
わけあり美人モデルタイプの藤井美菜

とどの趣味の方にも、ストライクをという感じである(笑)。


皆、実に溌剌としていてよろしい。中には役の都合で屈折していたりもするんだが、それもまた凛としていて、あなよろし。

北海道の果てで、軽い気持ちで、青春の思い出のために始めたスポーツに心底魅せられて、正しく生きていくという話は、もちろん典型的なストーリー なんだが、登場人物が「嘘くさく」なく、みんなきちんと葛藤を乗り越えていくので、実に感情移入できて、ストレートに感情を揺さぶる。

中でも、解散の危機に(親に大学受験のために、シムソンズをやめろといわれる星井七瀬のところに) やってきた高橋真唯が窓の下から、

なんのとりえもなかった私をカーリングにさそってくれてほんとにうれしかった。私はこれで今こそ生きてるっていえる。というような訴えをするんだが、その時のことば。

「私を見つけてくれて、ありがとう」

というのには、ほんとうに感動した

(今も書きながら思い出したら泣けてきた)。

田舎に住むと言うことは、のんびりして、都会生活者にとっては「あこがれ」だったりするが、そんななまやさしいことではなく、自然の厳しさや不便 さという困難以上に、「なんにもない」こととどうつきあうか、どう楽しめるかという深刻な困難がある。その辺をごまかさず、田舎を単純に美化しないところ に好感が持てる。

ところで、大泉洋である。
シムソンズのコーチになるんだが、実に「貧相」で「いいかげん」な雰囲気が、最高! 
そのやさぐれた大泉は、実はかつてプレーヤーとして一流で、「フェア」のために殉じた男だというエピソードによって、「骨太」な男だと認知される仕掛けになっている。
これは大泉にはまり役だよね。
現在快進撃をつづける大泉だが、北海道を正しく伝える仕事はきちんとつづけてほしい。

最後に
シムソンズは現在、さまざまな事情とスポンサードの関係で「チーム青森」になってしまった(涙)。
常呂! お家芸をとられていいのか!!
北海道!! しっかりしろ!!
どんなに貧乏でも 誇りを手放すな!!
といっておきたい






欲しいほしい!!



  1. 2007/05/02(水) 00:00:00|
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ゲゲゲの鬼太郎 観てきた

我が北海道では、テレビ・スポットからして違う。
ウエンツも田中麗奈もでてこない。ひたすらネズミ男である。
なにも北海道の地域的特性でネズミが好まれているわけではない。念のため。
ネズミ男が、「大泉洋」だからである。
北海道が生んだ最大のスター、大泉洋からである。
その配役を聞いたときに、私は、貧相で下品、いいかげんでなおかつ卑怯ものというネズミ男に、大泉はなんてぴったりなんだろうと感動すら覚えた。
ウエンツの鬼太郎にはこなかったが、田中の猫娘、間寛平の子泣きジジイ、 室井滋の砂かけババア、YOUのろくろ首と、みな素晴らしく、ほかの役者では考えられないというほどハマっていた。
日本ではまだまだマイナーなキャスティング・ディレクターがそだっているのかと、喜びかけたが、全員既成の役者ばかりなので、そんなに騒いではいけないか。あれがすべてオーディションというわけでもなく。
他にも、西田敏行やら小雪やら獅童やら、みな面白い、かつなかなかはまった役どころで登場してた。

しょせん悪ふざけなんだが、お金いただいてやる悪ふざけこそ真剣にやらねば、みせられるほうは怒り出してしまう。
そういった意味で一応の主役であるふたり、ウエンツと井上真央が楽しそうに演じてないのが不満だった。
お気楽な映画なんだから、深刻にやってもしょうがないよ。
たんに余裕がないだけなんだろうが

最後にもう一度
大泉洋 サイコー!!




  1. 2007/04/28(土) 00:01:00|
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大帝の剣 観た

いやいや、想像を越える、というよりも、想像なんかをはるかに凌駕する出来。


大駄作である(笑)。

大炎上である。


すごいなぁ。

ストーリーは大雑把かつ、ご都合主義しかも、破綻してる。

キャラは単純だし、葛藤も少ない。

と並べると、観るとこないか、と思われるだろうが、

そんなこともない。そこはさすが堤幸彦

こまかいところの仕掛け、仕込みがなかなか油断ならない。宇宙人(でてくんのよ。時代劇なのに。激笑)がとりつくシーンは「仕事人」だろうなぁ。とか。

予想どおりに生き返るシーンも、お約束の「涙」なのに、全部見せないとか。

「見せ球」なのか「つり球」なのか、わからんつくりにしている。

 

オイオイと突っ込みどころ満載なのが、観てて実にたのしかったっす。

天野喜孝にキャラデザインを頼んだのはいいが、一度も素顔が現れない竹内力とか、最後まで誰だかわからない虫男とか、かわいそうな役者続出!!

観た人は、みんな怒るんだろうなぁ。

まじめに観にいった人は。

 

私は悪ふざけのなかにも妙に品がいいところがあって、けっこう好きだったのだが。




  1. 2007/04/28(土) 00:00:00|
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で、イッセー尾形

舞台に続いて、イッセー尾形主演、「太陽 The Sun」を観てきた。
セピアに近い画面がとても静謐で、思わず眠くなりながらも、イッセーが演じる「昭和天皇」に釘付けになってしまった。

ロシア人監督の作品だが、日本理解に齟齬がなくて、よく外国人が撮った日本にある、
「おいおい、ここはどこだ?」なんていう違和感がなくてよかったっす。
(大きな声では言えないがその昔の「将軍」や「ラストサムライ」や「さゆり」のパターンね)
変なエキゾチズムに満ちた色眼鏡がかかっていないのがとても好感が持てた。

そこで描かれる「テンノウ」は、かなり我々国民のイメージに近い人物像で、歴史的な大人物でもなければ、まして「神」でもない。そうかといって、やはり超俗的な雰囲気をもっていて、決して憎むべき対象でもない、日本人なら理解しやすい、「天皇陛下」であった。

こういう天皇像は、気がつくと映画で表出されるのはたいへん珍しい。

「あっそ」

という例の「おことば」や、生物学に寄せる並々ならぬ愛情は、我々の昭和に対する意識の琴線にふれているといってよいだろう。

進駐軍側のマッカーサーや兵士がかなり戯画化され、あるいみ無慈悲に描かれているのに対し、日本人はみな(御前会議の陸軍幹部などでさえ)感情移入しやすく表されているのに、逆に戦争は遠くなったんだなぁ。と

感慨を抱いてしまった。

イッセーのほかは、ほとんど有名俳優が出ていない。侍従長が佐野史郎、皇后が桃井かおりだが、桃井にいたっては最後の5分しかでてない(重要な役だけどね)。

イッセー一人が主役で、周りを 圧倒するという、なかなか、彼の舞台のような不思議なテイストであったりした。




  1. 2006/09/01(金) 15:01:08|
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イッセー尾形

イッセーの一人芝居、20年ぶりに見に行った。「お笑いスター誕生」時代から見てるんだから、今回25周年記念ということでもあり。
感慨ひとしおであった。
また、開始い一つ目のネタが「英語教師」というデビュー当時の演目だったものであまりのことに目頭が熱くなった。
いやぁ、あいかわらずの芸達者は磨きがかかりまくり、売れないシンガーソングライターのサキちゃんねたは今回も怪しいテイストを醸していたし、新ネタのチェリストたかこ姉さんはびっくりのできだった。
楽器を使った音楽漫談てのは限りなくあるが

チェロ

というのには参りました。幼稚園児相手に楽隊が揃うまで場をつなぐという設定もいい
が、適当な話をでっちあげつつ、子供相手に「人生って長いのよぉ」なんてことを語ってしまう、たかこ姉さん最高でした。
最後にサロンコンサートがはじまってヴィバルディをさわりを演奏、うまかった!!



  1. 2006/08/31(木) 17:56:56|
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