地下鉄道にのって - エムマッティーナ雑録

劇評家カトリヒデトシのブログです

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What a Wonderful Day !

というぐあいに、いきたいなぁ。

「今日もいつもと同じ日」

というのもいいが

「日々是好日」

というのもいい。
昔を、懐かしんで、「ああ、あのころはよかった」というのがいやなのだ。
後ろ向きがいやというのではない。

今いる場所を、何かと比較して
(対象は過去でも、人生の別の選択肢でも、なんでもいいんだけど)、今ここの座標を決めるってのが、ダサくねぇか?
と思うのでありました。
お歴歴にぜひおうかがいしたい。

「今夜は最高!!」といいたいだけなのの、

かなりノンシャランな意見だと自分でも思うが、
老人のような「昔はよかった」的発言をきかされると、がっかりするし。

「ああ、今はなんて幸せなんだ」

となにかに比較しないでいえるようになりたいなぁ
と、今、痛切に思っている
今日のはレビューでないね。

しかも、ちょっと恥ずかしい内容だし


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  1. 2006/10/23(月) 21:22:41|
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「フラガール」を褒めよう

いやいや判ってますよ。
国威掲揚、
高度成長を思い出し元気出せよ、
おやじたちは偉かった、
日本の技術力は日本人の勤勉さにあった、
などもろもろ確認番組「プロジェクトX」はとっくに終わっているのは。

斜陽になった炭鉱町を再生させようという、のるかそるかのバクチにひとまず勝った
常磐ハワイアンセンターのダンサーたちの映画である。

昭和って貧乏だったなぁ。ということをちょとしみじみ思いだせる映画でした(笑)。

「三丁目の夕日」が貧乏の側面はさらっと流して、当時の人情や人のつながりを強調してレトロをおしゃれに処理してたのに比べると、かたやこちらは、東京じゃないし、時代に切り捨てられていく炭鉱町ということもあり、泥臭く、悲痛なところもきちんと描こうと取り組んでいるとこに好感がもてた。

炭鉱マンたちが切り捨てられ、仕事を失っていくところが描かれているが、
だいたい炭鉱って、地下帝国だし、掘ってるブツも黒い石炭(かつてはダイヤだったんだが)だし、どうもこうもモノトーンの世界だもんね。
それが、南国トロピカルのハワイ。光、原色の世界だもん。ギャップでかすぎて、みんなが想像もできず乗り気にならない、頭が切り替えられないのも無理はない。
まさにそれは言葉の字義どおり、ブラックユーモアである。
そのあたりをもうすこし丁寧に描けばよかったとおもいます。
そんななかで自分を変えたい、世界を変えたいと立ち上がって、当時としては破天荒な肌露出も辞さないフラガールたちという視点でいくのかと思ったら、その切り口はあまり強調されず、ありゃりゃ。

しかし、「ウォーターボーイズ」以来はやっている、というよりも、物語の定番中の定番、ド素人が汗を流して一流になっていくという「成長物語」のツボを押さえた作りは、わかっちゃいるけど、これ以上判りやすい展開はないんだけど、王道は王道。きっちりてらいなくやってくれれば、爽快感がある。安定した物語作りになってます。

…ただぁ、蒼井優がちょっと心配。なんか一生懸命芝居してるのが、いたいたしい。まだスターなんだから(小粒だけど…)そんな小手先の演技なんか期待してないんだから、
どーんと真ん中で光輝いていればいいのにぃ、と思います。松雪泰子は、最初と最後の対比をよほどだしたかったらしく、性格描写がやたら類型的で凡庸だった。ちょっと暑苦しい、岸部一徳がいなかったらかなり辛かったと思う。
演出プランが凡庸なのか? しかしトヨエツという期待させといて何もでてこない、凡庸以下の役者が絡んでくれたおかげでまだ見てることができた。いやいや、もらった役をことごとくつぶしてしまう彼のこと(見ました「大停電の夜に」の彼を…うぷぷぷ)今回もそういう意味ではちぎれていて逆によかったかも、大物富司純子とのやりとりはなかなか見ものでした。
一番の収穫は、南海キャンディーズのしずちゃん。
もともとおいしい役ではあったが、図抜けてよかった。
頭ひとつでかい彼女、178あるらしい、下手っぴさもグレートで、踊れるようになってからも動きがおおきいので目立つこと!! 達者な芝居でよかったです。

でも、ハワイといっても、現実の常磐ハワイアンセンターはとっても貧乏なイメージがあった。でもそれがあの時代には貧相なことではなかったし、とてもリアルなことだった。
経営は変わって名前は変わってもセンターは今でも健在だし現役である。
バブル期の3セクみたいに、企画倒れの放縦経営の金の無駄遣いのっていう器とは筋がちがう。
さすが炭鉱町の骨ぶと、しぶとさがある。
それを支えたフラガールのためにも、きちんと日本の貧乏とむきあった、この映画をほめたい。


  1. 2006/10/22(日) 00:01:00|
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どう評価する? 「チョコレートコスモス」恩田陸

こいつの話なんだが   

 

 

恩田陸の新作ということで楽しみに読んだ。先に読んだやつがいいぞ、と興奮してたし。
読んでみて、たいへん困ってしまった。
ものすごい筆力で一気に読めます。没頭できて、ページをめくるのももどかしいほど熱狂できます。
演劇を知っていれば、このプロデューサーは荒戸源次郎で、この演出家は野田秀樹だな。とわかるクスリもあるし。小説のレベルはとても高い。

しかし、と口ごもってしまう。
しかし、避けては通れないので言わざるをえない。

主人公の二人は「ガラスの仮面」の北島マヤと姫川亜弓である。

ああ、いってしまった…

最初は、オマージュなのかと思った。しかし読んでいくうちに、あまりに二人の人物像、キャラクター、そして設定までもが、「ガラカメ」そのものなんですがな…
演劇ファンで「ガラスの仮面」を読んでいないものはいないだろう。舞台化もされてるし。30年以上つづく伝説のマンガなのだから知らない人の方が少ないだろうと思っていた。

だから、恩田陸ほどの人がなぜそんなことをしちゃうのか、どうしてこうなっちゃうのかが理解できない。
好意的に言って私家版「ガラスの仮面」がやりたかったの?
しかし、これでは盗作のそしりはまぬがれまい。

舞台の奥の闇には、普通のものではたどりつけない、選ばれたものだけが一瞬だけ垣間見られる究極の世界がある。っていうメッセージそのものが、美内すずえの世界観だものなぁ(ため息)。
それはまずいんじゃないでしょうか。恩田先生。

山崎豊子のような病的なヒョウ窃者だったり、田口ランディのような確信犯の盗作者ならいざしらず、天下の恩田陸がこれをやっちゃあ、おしまいだよ、おいちゃん(寅さん)。

ここまでやってしまうなら、「紅天女」を見せてくれよ。
とからんでしまいたい。
作品の質の高さは、盗作だから価値なし、と切り捨てるのにはもったいない、クオリティがある。
いつものように文体もうまいので読んでて、マヤちゃん亜弓さんしかうかばないものの展開には引き込まれる。
もう一人の演出家と脚本家は類型的すぎて平凡だが。
とにかく物語としての完成度は高い。
だったら、本家元祖がいまだ完成をみない「紅天女」を先取りしてみせてよ。
悪趣味なのはわかっている。けど、ここまで悪趣味にもうなっているんだから、そこまで徹してほしい。

そうじゃないと、許せないよ、恩田先生。

ちょと別の話。
この小説を読んで演劇に興味持ったかたがいたら、一言だけ忠告させてください。
この登場人物のように「天才」が舞台に必ずしも必要なわけではありません。むしろ世の常で凡庸な役者の方が多いのが現実です。
それでも、生の舞台は面白いです。
なぜか。この小説でも少しだけ書かれてますが、演劇はアンサンブルだからです。
いろいろな個性が響きあって、舞台の限られた時間、限られた空間の上に、見たことのない世界を一瞬だけ生じさせるのです。
それは役者の能力だけではありえません。
舞台を支える人、そしてなによりも舞台を見る人が「参加」してはじめてその地平が拓かれるのです。
天才にあこがれるのは自由ですが、大切なのは協働なのですがな。

 


 



                    いつのまにかこの話に…



  1. 2006/10/22(日) 00:00:00|
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シネコンの隆盛に映画の将来を憂う

映画の将来を「憂う」などと大上段に構えてしまうと。とある東大の総長にまで上り詰められた方を思い起こしてしまう。

90年代に「もうすぐ映画は100歳になる。100年続いた文化は滅びに向かう。映画はもうすぐ死ぬ運命にある」とかたっておられ、われわれ映画青年を絶望させていらっしゃってたのに、いつのまにか、東大に映画研究もできる、「表象文化科」などという変わった研究科をつくったかと思っているうちに、フランス方面に強いコネをおもちなのを最大限にくしされ、『北野武』といういまとなってはちょっと赤面の素人監督を「天才」というふれこみで、まず欧州で売りにだし、本邦に逆輸入させるという、一番、わが国民がやられてしまう手をつかってもりあげたかと思うと、教養学部から総長になるという歴史的快挙をなしとげ、在任中の周年式典では、さる高貴なご一家の長を東大に招き、御自身で露払いのご案内されていたことを、私は決して忘れないぞ!! という、あの罪深い元映画評論家のお方のことである。

そういったわけで、「映画は死んだ」というのは、ファンの間では長く禁句であったのだが、やはり映画も資本主義の市場で勝負しなくてはならない以上、ゴンドラチョフの波の上でサーフィンをしているわけで、はやりもするだろうし、沈みもするだろう。

いま、伝説のビッグ・ウェンズデーがきてるのはたしかなんだが(世代によっては稲村ジェーンか?)、かつてのデパートの屋上の遊園地のような(これはいくらなんでも、たとえがふるすぎか?)、あるいは階上のレストラン街のように、客寄せとしての目玉で、とにかく足を運ばせることができさえすれば、回遊効果で他の店舗も潤うという、流通の論理に完全に鼻づらをひきまわされている。
 まだ、観客動員がはかれればいいじゃんと、脳天気な御仁がいるだろうか。
いまや、シネコンの映画は動員することが至上命題なのである。
客がはいらなかったけどいい映画だったよね。とか、芸術的すぎて興業的にはきついんじゃないの。なんてのがシネコンにかかることは100%ありえないのである。
とにかく話題先行させて(最近、公開日前後の主演者たちのメディアへの露出の多さはひどいよね)、メディアに徹底的にとりあげさせ、記事にしてもらい(最近のぴあは骨がなくなって、批評はほとんどなくなり、みな、タイアップか。提灯記事ばかりである。なげかわしい)、みなに作品をすりこませ、公開と同時に動員をのばしていくのである。失敗すると上映期間が短縮されるのみならず、上映回数も適面に減らされてしまう。
当たり前だがシビアなもんだ。
ところがそこで見損なうと、どんなに観たくても、2番館3番館がないいじょう、ビデオ・DVD化されるのをまつしかない。これがまたいつになるやら…。レンタルで探すのにも骨が折れ…。
ウィニーが絶対なくならないのも、流通がこれだけ大手の理論で運用されてしまえば、むべなるかなという部分も多い。
で、とりあえずはやりだから、「押さえておく」というばかりになって、映画の質が云々されることは、なくなってしまった。
まあ、最近の「太陽」や「時をかける少女」のように、徐々に公開が拡大されることもないわけではないので、「いい映画」というものが陽の目をみないともいいきれないのだが…。

しかし、シネコンに乗るか乗れないかは、運命をわけることは間違いない。前に書いた配給の縛りがなくなったことが、逆に、「話題性」という悪魔に左右されている。
そうなると、どうなるのか?

結局、金をかけられるものが勝つ、という冷厳たる事実しかのこらなくなる。
ゲーム業界がすでにその兆候をかんじさせるのだが、資本力のないものは、市場にでる、チャンスも与えられないというシビアがのしかかってくる。

さらに、今のシネコンは、完全入れ替え制である。
気に入ったから、気になったから、続けてもう1回観ようってことが不可能になってしまった。

ここで一番最初に戻る。1本のシャシンに惚れこんで徹底的に観る。ということが、映画館では、できにくく、いや、不可能になってしまったのだ。
DVD買えばいいじゃん。何度でも好きなときにみれるし、という人は、残念ながら、私にいわせれば、映画に淫した経験をもたない、不幸な人なのである。
スクリーンで観ないことには、気づかないことはいくらでもある。小津の映画の視点はどこにあるのか? とか、これははめ込みだから、スタントつかえなかったんだなとか。
モニターのサイズではわからないところが、気になったり、
見つけ出したくて、そういう映画の真の魅力に淫している人が育たないではないかという点が、悲しく悔しいのだ。

映画をディスクでコレクションしても、(したくなる気持ちは痛いほどわかるが)、映画の画の細部にこだわり、ひいては映画史に思いを馳せる人がつづいてほしいのだ。
確かに、映画は娯楽である、しかし同時に人の人生を狂わせもする「芸術」なのである。

音楽ファンが最終的に生にこだわるように、映画もスクリーンにこだわらなくなったら、ほんとうに「死」をむかえるのだろう。
それを怖れてやまないのだ。


  1. 2006/10/02(月) 00:00:00|
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