地下鉄道にのって - エムマッティーナ雑録

劇評家カトリヒデトシのブログです

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箱庭円舞曲 古川貴義さんインタビュー3回目

―「ヘッダ・ガブラー」はどうでしたか?やりたいことはできましたか?


古川うーん。ある程度ですね。演出としてやりたいことは、頭の中には割と明確にあるんですよ。机上の空論のところまでは、達せるんです。それはどんな作品であっても、自分の中だけならいくらでも達せると思うんですけど、結局、その先ですよね。役者さんもぼくの机の上に乗ってきてくれて、各々が、「じゃ俺こう出てみるよ」「じゃ私それに対してこう返してみる」という、自発的な丁々発止というか、せりふではない部分でのバトルがどこまで展開できるか、というのがもっと見たかったんですよね・・・。で、そこまでは完全には到らなかったかもしれないなぁ。というのが正直なところです。

―それはホンが規定だったということもありますか。

古川それは正直ありますし、小野以外の全員が年上の役者さんだったということ、キャリアも上だし、今までやってきた環境も全部違うので、そこで気負ちゃった部分は少なからずあるなぁ。と思います。最早何を言っても言い訳でしかありませんが、もっともっと攻めてよかったんだろうなぁ。と感じています。個人的な満足度としては、60点ぐらいですかね。作品としては、毎回120点以上のものを出さなきゃいかんと思っていますから。演劇って損と言うか、お客さんにとってコストパフォーマンスの低いものなので、だからこそ、120点以上を叩き出さなきゃと思ってます。だからこそ、悔しいですね。チケット代に見合うものはご提供できたと思っているのですが、それは僕にとっては、60点でしかなくて、チケット代の倍のものを見せられたときこそ、すばらしい観劇体験と言える。常にそれを目指さなくてはならないと思いますね。


―RED/THEATREはどうでした、使いやすかったですか


古川すごくいい劇場でしたね。裏周りは狭いですけど。見やすい劇場ですし、一番後ろにいても近い感じがするんです。170席ぐらいですけど。どの路線でも来やすいですし。そう、声が意外に通るんです。が、今回はあまり装置を立て込まなかったんで、そうすると音が袖幕や空間に吸われて、スカスカな印象になってしまいました。だから、役者さんは舞台上で声を張っても、空間に吸われてしまって響いて返ってこないから、と不安がるんですけど、実はよく聞こえているという。謎の音の反響具合いがありました。


―今回の「極めて美しいお世辞」の話をお願いします。

古川:「美しい」って何なんでしょうか?
難しいですよね。でも、みんな自分の中に「美意識」っていうものはある。確実にある。
好き嫌いっていうのも、美意識のひとつですよね。主観の話ですよね。主観というのも美識に繋がるんだろう。自分の中の善し悪しは、美意識とイコールになるんじゃないか。大抵の人は、個人の中にある美意識が万国共通のものだと勘違いしがちだと思うんです。
そういう風に錯覚しないと自分の好き嫌いは明言できないのではないか。で、それを生みす仕事が世の中にはありまして、「美容師」なんです。


―芸術家ではないんですね


古川:芸術家というのは、客観的な美を作りだす人で、商品としての美なので、見る人がないと成立しないはずだと思っています。ところが美容師は、お客さんそのものを美しくするということが仕事なので、そのお客さんの美意識で「いい」と思うものに持っていなければならない。だけど、美容師として自分も美しいと思わなければ、きっと仕事にはならない。だからそれを仕事にしているってすごい傲慢だし難しいなぁと思いまして。
 ということで、自分にとって美しいって何なんだろうと考えたことと、美容室のバックードの話をやりたいなぁ、と考えていたのが、フッと繋がって、これで行こうと。


―取材は結構しましたか


古川:しました。いつも切って貰っている美容師さんに、美容室の外で(笑)詳しくお話をきました。以外と体育会系らしいんですよ、職人さんの世界なんで。とはいえ、それをいっさい見せいという仕事だから、面白いなぁ、と思ったんです。そこにすでに演劇的なものがあると思いました。だから、憧れだけで入った人はすぐに去っていくそうで、離職率が高いんそうです。
加えて、「お世辞」っていうのもキーワードなんです、同じ言葉がお世辞になったり、ななかったりするじゃないですか。それってどういうことだろうか、と。ことばが投げ込まれる状況によって、異なるという。それって価値判断のところにしか、食い込まないのなぁ、と。善し悪し、それって「美」と一緒だ、と。「お世辞」とは、自分が思っていること、自分の中で100%だと思っている価値基準を歪め
て発信していること、あるいは歪めたつもりはないのに、受け手に「歪めてる!」と思わる状況なんじゃないか。あぁ、コミュニケーションめんどくせえなぁ、と思いまして。相手の文脈にのって話さないと、どんなに正しいことも通じないということ。そのあたり描こうと思ってます。

 人と人との関わりが観たいのです。しかしながら、人間の関係性だけを舞台上に置けば居ができるわけではないので、そういうストーリーにならなければならんし、トータルでチラシを作るところから、宣伝するところから、公演に飛び込んでその作品内容、すべにフィードバックされていく、繋がっていくようにしなきゃいけません。演劇というのはそういうものだと思っています。


―来年は「箱庭」はどん感じです?


古川:2010年4月2日(金)~6日(火)に、駅前劇場で第十四楽章「とりあえず寝る女」を上演ます。以降は、2010年10月に本公演を予定しております。今年11月に、番外公演 focus#2「庭」も予定しています。こちらはギャラリーカフェでの
、男女二人芝居3本立てです。DMとWebだけでの告知になりますので、ご興味あります方は時チェックしていただくか、今回の「極めて美しいお世辞」にご来場いただいて、アンケートに住所をご記入いただければと思います(笑) お待ちしております。




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  1. 2009/09/15(火) 07:26:02|
  2. 演劇
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箱庭円舞曲 古川貴義さんインタビュー 2回目

さて、第2回目は、劇団をはじめてから今にいたるまで、創作の話です


―卒業は5年前ですか?
 そうですね、2004年ですね。それ以降、箱庭は年2本ペース。外部に脚本・演出が1本の活動を続けています。僕個人としては時折、役者としてお声を掛けていただいて、出演したりします。そう、大学卒業時に「しばらく作演出に専念する!」と宣言したら、外部出演の話が本当に来なくなりました(笑)。

―まあ、それはそうでしょう(笑)

 ああ、俺の役者としての力はそんなもんか、と思っていたら、去年「東京ネジ」の日替わりゲストにお誘いいただきまして、それからは「出ます出ます」って言って回ってます(笑)。
そんな感じで活動を続けて、箱庭円舞曲の動員数もじわじわと伸び始めていた頃です。08年の公演、第十一楽章「恋人はできないがもういい」を、制作会社メジャーリーグのプロデューサーさんが観に来てくださって、今回の「ヘッダ・ガブラー」の演出の話をいただきました(09年7月8日~14日赤坂RED THEATER)。
 ちなみに「恋人ができないが、もういい」という芝居は、「コピーライター」という職業に焦点を当てた、言葉へのこだわりや、仕事と人生、作りたいものと求められるもの、といったテーマのお話でした。コピーライターの女性が、恋人だった男と個人事務所を立ち上げたんですが、男はヘッドハンティングで大手代理店に引き抜かれてしまい、今ではそこから仕事を貰うという関係性を中心に描きました。昔の恋人関係と今の仕事関係。その中で自分を表現して行きたいのだけれど、求められるのは自分のやりたいことではなく、クライアントの要望、つまり顧客の求めるものである。という「軋轢」の芝居でした。たぶん、女性観や演技の質というあたりでも共感していただけたんだと思います。

―制作会社のプロデューサーさんに認められたのは、すごいですね(笑)。

 ありがとうございます

―古川さん個人の話は…。また創作のヒントはどんなところで

 ぼくはよく骨を折るんですよ。頻繁に。カルシウムが足りないんですかね(笑)。酔っ払って転んだりとかですけど。
 創作については、んー何でしょう。普段、誰かと話しているとき「あ、こいつ今、話聞いていないな」と、気付くことがあると思うんです。そういう場面に出くわしたとき、その自分の感覚をメモしておく。聞いていない時のその人の表情、雰囲気、声質。その後、そいつはどういう行動をとるか、ってのをじっと観察してます。例えば意見がぶつかり合っている状況で、その場を円滑にするためになのか、うなずいて「うんうん」って言ってるんだけど、直後に自分の考えを繰り返していたりする。なにも進展していない。二人は平行線のままです。その状況に、たまらなく魅力を感じるんです。それを傍目で見ていたい。その三者の関係が、創作の発端になることが多いですね。初対面の時の、お互いの空気感なんかも好きです。お互いが相手を探り合っている様子。それを横から観ているのが好きなんです。趣味悪いですね(笑)。
 そういう些細なすれ違いから始まって「いかんともしがたい状況」に陥っていくというのが面白いと、今は思っています。日本人特有ですよね。対立を避けたがる。そして回避し続けてどんどん進んでしまい、取り返しがつかない状況に陥ってから、初めて様々なことに気づくという・・・。そう、そういう状況に陥っていても、気付かない人もいます。それも横から観てると面白いんです。「気付く人」と「気付かない人」との会話が面白い。合コンで男だけが盛り上がっても、女の子は全然食い付いてない。それなのに当事者には絶対気付かない痛い状況とか(笑)。
 自分のプライベートでの経験、誰かとの行き違いが発端になることが多いんでしょうね。女性に振られた時なんか、後から冷静に振り返れば自分でも簡単に気付けるはずなのに、当事者のうちはその勘違いやすれ違い、やり過ぎには気付かない。気付けない。
 ま、身を切るように書いてるんです(笑)。



  1. 2009/09/02(水) 23:35:46|
  2. 演劇
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10年後のトップランナーたち 箱庭円舞曲 古川貴義さんインタビュー 1回目

お世辞

若手演劇人インタビュー2回目は、箱庭円舞曲主宰の古川貴義さんです。
来週11(金)から、下北沢OFFOFF劇場で「極めて美しいお世辞」の公演が迫ってます。
箱庭の芝居は、そのタイトルからは決して想像できない、社会派です。
みないと損だと思っています。
真面目な社会意識と問題意識がきちんと芝居に落とし込まれています。

今回はその作・演出である古川貴義さんのお話をおききしました。
まず1回目はプロフと演劇を始めるきっかけです。


―よろしくお願いいたします。まず、古川さんのプロフィールをご自分のことばでお願いいたします。

古川:はい。まだ会津で高校生だった頃、演劇部に入り、演劇を始めました。
その頃から、周りの高校が上演しているお芝居を面白いと感じなかったんです。高校演劇向けの既成脚本を上演すると県大会に進めるとか、顧問の先生が書いた脚本だと評価を得やすいとか。そんなもんやってられるかって感じでした。先輩方もみんな、そんなもんくだらねえ!って人達だったので、「高校演劇」とか「高校生らしさ」なんてものに媚びないオリジナル脚本を上演している高校だったんですね。ですから、入り口としてはとても良かったと思います。で、そんな感覚に、当時の顧問の先生(23歳女性)が共鳴してくれたんです。「私は『第三舞台』が好きだけど、あなたたちにはこれを貸してあげる」と言って。そのビデオが、ナイロン100℃、そして三谷幸喜さんの作品でした。「これ面白いじゃん! こういうのやろうよ!」ということで、彼らを意識しながら作品を創作していました。それで大会に出ると、生徒たちには大受けなんです。でもやっぱり、審査員や他校の先生たちには認められない、という感じでしたね。

―地方の演劇状況が垣間見られる話ですね

 ええ。今はだいぶ変わってきたんでしょうけれど。
 1年間の浪人生活ののち、日大の芸術学部に入りました。でまた、その学内で先輩たちが作る古典劇を見たら、少しも面白くなかった。教科書どおりというか、新劇臭いというか。ちっとも、「今」が意識されていないな、と感じたんです。で、「あれが面白くないなら、俺たちの見ろよ」と誘われて、学外でやっている先輩たちの芝居を見にいくと、これがまた、面白くない(笑)。単純に笑えないものもあれば、シリアスでも自分に酔った演技やストーリーを見せられるばっかりで。
 日芸って面白い人がいっぱいいる場所だと思って入ったんですが、先輩たちにはいないと気付いてしまいました。でも、周りには面白い芝居をやりたい、と考えている同志がいる。それなら自分でやっちゃえば良いか、ということで、1年の時に「箱庭円舞曲」を立ち上げたんです。
 でもそのときは、日芸の人たちだけじゃなく、高校時代の演劇部仲間や、他の女子校の演劇部出身で東京に出てきている人なんかに声をかけて、旗揚げ公演を打ちました。

―最初から古川セレクションだったんですね(笑)。

 そうです(笑)。日芸に限らずかもしれませんが、学生演劇って、内輪でワイワイやっているようなところがあって、それは嫌だなと当時から思っていたんです。客席見渡せば全部知った顔、みたいな状況が苦手で。それでまあ、出来るだけ日芸の外の人を入れて、と。そのまま4年になるまで年1~2本ペースで公演を打ち続けて、学内ではそれなりに「面白い」と言われてたと思うんですけど、それじゃ意味がない。結局学生演劇の枠を出ていない。もっときちんとやらなければいかんと思いまして、卒業後に、下北沢OFFOFFシアターでの公演を決めました。
そのときには、旗揚げメンバーは半分以上いなくなっていました・・・(笑)。もともとケラさん、三谷さんの影響下で芝居を創ってたもんですから、ウェルメイドで、笑いの伏線をしっかり張って構築する、みたいな作品ばかりだったんですね。でも、そうやって誰かの真似事をしていても、いくら追っかけても先人には絶対追い付けない、と気付いたんです。アキレスと亀ですね。追い掛けることはいくらでも出来るけれど、その人を超えることは絶対に出来ない、と。で、後追いがつまらなくなってしまったんです。旗揚げ当初は、そういう芝居をしっかり作ろうぜ!と言って集まった面子ですから、まあ、方向性の違いというんでしょうかね(笑)、いつの間にか、劇団から去っていった人々が少なからず・・・。
 で、まあ、そう言った、自分が好きだった芝居の中で、ウェルメイドな要素以外で、本当に観たかったものって何だったんだろうと考えたんです。すると、『ディスコミュニケーション』だったんじゃないか?という仮説が立ちました。それは「人対人」だけではなく、「人対社会」でもあると思います。高校時代の演劇活動での経験があるのかもしれませんね。同世代には受けても、上の世代には認められない「権力構造」に対して感じていたことと言うか。今なら事情が少しわかるようになりましたけれど・・・。ていうか、まあ単純に、当時は僕ら自身が稚拙だったんでしょうね(笑)。
 そして自分は、「人対人」、「人対社会」の『ディスコミュニケーション』が観たい。そういう芝居を創ろう、と方向性を明確にしたんです。そうすると、その路線では・・・と抜ける奴、面白そうだと入ってくる奴とで、大きくメンバーが入れ替わりました。客層もずいぶん入れ替わりました。学生時代に付き合いで観に来てくれていたような方々はもうほとんど来てないんじゃないかな。その分、「箱庭円舞曲の作品が観たい」と言って来て下さる方が増えたなあと実感しています。
 そんなこんなで、今に至ります。




  1. 2009/09/01(火) 00:00:00|
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