地下鉄道にのって - エムマッティーナ雑録

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10年後のトップランナーたち 箱庭円舞曲 古川貴義さんインタビュー 1回目

お世辞

若手演劇人インタビュー2回目は、箱庭円舞曲主宰の古川貴義さんです。
来週11(金)から、下北沢OFFOFF劇場で「極めて美しいお世辞」の公演が迫ってます。
箱庭の芝居は、そのタイトルからは決して想像できない、社会派です。
みないと損だと思っています。
真面目な社会意識と問題意識がきちんと芝居に落とし込まれています。

今回はその作・演出である古川貴義さんのお話をおききしました。
まず1回目はプロフと演劇を始めるきっかけです。


―よろしくお願いいたします。まず、古川さんのプロフィールをご自分のことばでお願いいたします。

古川:はい。まだ会津で高校生だった頃、演劇部に入り、演劇を始めました。
その頃から、周りの高校が上演しているお芝居を面白いと感じなかったんです。高校演劇向けの既成脚本を上演すると県大会に進めるとか、顧問の先生が書いた脚本だと評価を得やすいとか。そんなもんやってられるかって感じでした。先輩方もみんな、そんなもんくだらねえ!って人達だったので、「高校演劇」とか「高校生らしさ」なんてものに媚びないオリジナル脚本を上演している高校だったんですね。ですから、入り口としてはとても良かったと思います。で、そんな感覚に、当時の顧問の先生(23歳女性)が共鳴してくれたんです。「私は『第三舞台』が好きだけど、あなたたちにはこれを貸してあげる」と言って。そのビデオが、ナイロン100℃、そして三谷幸喜さんの作品でした。「これ面白いじゃん! こういうのやろうよ!」ということで、彼らを意識しながら作品を創作していました。それで大会に出ると、生徒たちには大受けなんです。でもやっぱり、審査員や他校の先生たちには認められない、という感じでしたね。

―地方の演劇状況が垣間見られる話ですね

 ええ。今はだいぶ変わってきたんでしょうけれど。
 1年間の浪人生活ののち、日大の芸術学部に入りました。でまた、その学内で先輩たちが作る古典劇を見たら、少しも面白くなかった。教科書どおりというか、新劇臭いというか。ちっとも、「今」が意識されていないな、と感じたんです。で、「あれが面白くないなら、俺たちの見ろよ」と誘われて、学外でやっている先輩たちの芝居を見にいくと、これがまた、面白くない(笑)。単純に笑えないものもあれば、シリアスでも自分に酔った演技やストーリーを見せられるばっかりで。
 日芸って面白い人がいっぱいいる場所だと思って入ったんですが、先輩たちにはいないと気付いてしまいました。でも、周りには面白い芝居をやりたい、と考えている同志がいる。それなら自分でやっちゃえば良いか、ということで、1年の時に「箱庭円舞曲」を立ち上げたんです。
 でもそのときは、日芸の人たちだけじゃなく、高校時代の演劇部仲間や、他の女子校の演劇部出身で東京に出てきている人なんかに声をかけて、旗揚げ公演を打ちました。

―最初から古川セレクションだったんですね(笑)。

 そうです(笑)。日芸に限らずかもしれませんが、学生演劇って、内輪でワイワイやっているようなところがあって、それは嫌だなと当時から思っていたんです。客席見渡せば全部知った顔、みたいな状況が苦手で。それでまあ、出来るだけ日芸の外の人を入れて、と。そのまま4年になるまで年1~2本ペースで公演を打ち続けて、学内ではそれなりに「面白い」と言われてたと思うんですけど、それじゃ意味がない。結局学生演劇の枠を出ていない。もっときちんとやらなければいかんと思いまして、卒業後に、下北沢OFFOFFシアターでの公演を決めました。
そのときには、旗揚げメンバーは半分以上いなくなっていました・・・(笑)。もともとケラさん、三谷さんの影響下で芝居を創ってたもんですから、ウェルメイドで、笑いの伏線をしっかり張って構築する、みたいな作品ばかりだったんですね。でも、そうやって誰かの真似事をしていても、いくら追っかけても先人には絶対追い付けない、と気付いたんです。アキレスと亀ですね。追い掛けることはいくらでも出来るけれど、その人を超えることは絶対に出来ない、と。で、後追いがつまらなくなってしまったんです。旗揚げ当初は、そういう芝居をしっかり作ろうぜ!と言って集まった面子ですから、まあ、方向性の違いというんでしょうかね(笑)、いつの間にか、劇団から去っていった人々が少なからず・・・。
 で、まあ、そう言った、自分が好きだった芝居の中で、ウェルメイドな要素以外で、本当に観たかったものって何だったんだろうと考えたんです。すると、『ディスコミュニケーション』だったんじゃないか?という仮説が立ちました。それは「人対人」だけではなく、「人対社会」でもあると思います。高校時代の演劇活動での経験があるのかもしれませんね。同世代には受けても、上の世代には認められない「権力構造」に対して感じていたことと言うか。今なら事情が少しわかるようになりましたけれど・・・。ていうか、まあ単純に、当時は僕ら自身が稚拙だったんでしょうね(笑)。
 そして自分は、「人対人」、「人対社会」の『ディスコミュニケーション』が観たい。そういう芝居を創ろう、と方向性を明確にしたんです。そうすると、その路線では・・・と抜ける奴、面白そうだと入ってくる奴とで、大きくメンバーが入れ替わりました。客層もずいぶん入れ替わりました。学生時代に付き合いで観に来てくれていたような方々はもうほとんど来てないんじゃないかな。その分、「箱庭円舞曲の作品が観たい」と言って来て下さる方が増えたなあと実感しています。
 そんなこんなで、今に至ります。




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  1. 2009/09/01(火) 00:00:00|
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